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ユニバーサル・デザインの仕組みをつくる―スパイラルアップを実現するために

建築や都市環境は人間が社会生活を送っていく上での基本的な装置です。その中で人間は暮らし続けてきたのに、今になって反映されないニーズがあることに気付いて、それを再検討しなければならないということ自体、ある意味で不幸なことかもしれません。そういう意味で、ユニバーサル・デザインはそれが達成されたときには議論の必要がなくなるという「自己消滅型」の考え方といえるでしょう。

ユニバーサル・デザインの終わることのない活動を支えられるのは、様々な人とのふれあいの中から態度変容、行動変容を起こした人たちです。その意味で、ユニバーサル・デザインを支えるもっとも大きな要素は人材であるといえ、そういった人を少しでも増やしていくために、常に人材を育てるといった視点での活動が求められるのです。

| 500技術・工学・工業 | 15:00 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
ユニバーサル・デザイン―バリアフリーへの問いかけ

本来必要だったのは、特定の人のための特別なやりかたではなく、みんなのための普遍的なものだったのです。あとから取ってつけたような「従」の発想ではなく、「主」に対する本質的な問いかけだったのです。

つまり、いろいろな配慮は決して障害のある人のことだけを考えて作るのではなく、もっと幅広い人が自由に使えるように作られるべきだったのです。適切な支えを提供することができれば、高齢になって事情が若いときとずいぶん違ってきても、もっと長く元気でいられるし、たとえ誰かの助けが必要になったとしても、社会への関わりを保ち続けることができるのです。

求められているのは、特別扱いではない方法でバリアをなくし、みんなが自由に使える環境を作ることです。これがユニバーサルの考え方の原点であり、それの実現がユニバーサル・デザインと呼ばれるものなのです。

| 500技術・工学・工業 | 00:15 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
土木計画学―公共選択の社会科学

人間の判断を介在せずに、何らかの数理的な「技術」のみによって得られる解のみに基づいて真に合理的な土木事業を推進しようとするなら、将来を完全に見通すことが不可欠である一方、そのような完全な将来予測などは不可能であり、それ故に、技術論にのみ頼るプランニングでもってして将来において合理的に機能し得るプランを策定することもまた不可能である。言うまでもなく、社会や自然の将来は、移ろいやすい一人一人の気分や、いつ生ずるとも分からない天変地異の可能性に常に影響を受けるのであり、それらを逐一予測することができる者などこの世に存在し得るはずはない。それ故、適切なプランを立案しようとするなら、“技術”の限界を適切に把握した上で、技術によって導き出された最適解を解釈し、参考にしつつ総合的に判断していく態度が不可欠となるのである。もし、特定の土木技術者がプラン策定における特定の判断を下すことが求められる立場にいるのなら、数値に基づく合理的計算を行いつつも、様々な社会的な要素や自然界における様々な不確実性を加味しつつ、総合的に判断することが不可欠なのである。同様に、特定の組織や社会そのものが特定の判断を下すことが求められている場合においても、そうした総合的な判断を組織的、社会的に下していくことが不可欠なのである。いずれにしても、このような総合的判断を適切に下すことができる能力こそが土木技術者における「真の技術力」と呼ぶべきものなのであり、単なる数値演算を正確に為す能力は、土木技術者における技術力の一要素にしか過ぎない。おそらくは、この点を失念した者は、決して一流の土木技術者とはなり得ないであろう。

| 500技術・工学・工業 | 23:28 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
新・都市論TOKYO

リスク管理の行き届いた街は、きれいで華やかで安全だ。そのすべてを否定するものではない。ただ、21世紀のブランドニューな街を歩きつづける中で浮かび上がった、ある決定的な違和感はぬぐえない。きれいで華やかで安全で、さらに効率的であることは、それだけで都市の魅力につながるものではない、ということだ。

歴史をみれば分かる通り、都市とは、先端のテクノロジーに、名もなき人々が生活を紡ぐ時間が重ね合わさった時に、長き寿命を得ることになる。リスク管理最優先の再開発が続く東京は、実はもっとも有効なリスク管理を根本のところで見逃しているのではないか。

もっとも有効なリスク管理。それは、歴史の継続性とクリエイティビティにほかならない。

| 500技術・工学・工業 | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
自然と共生した流域圏・都市の再生

「共生」という言葉は、この頃非常によく使われる。「環境」という言葉が出ると、大体、「共生」という言葉が出てくる。しかし「共生」とは何かと考えてみるとよくわからない。

例えば、町づくりのときに自然と共生する町を、などとよく使われる。私が前に単身赴任で住んでいた滋賀県の彦根でも、自然と共生する町ということがいわれていた。その一方で、雑草は抜こう、雑草が生えない町にしようというのである。きれいな花は植えていい、外来の植物はどんどん植えてきれいにしよう、しかし彦根にもともと生えていた雑草は抜こうという。雑草が生えない町が自然と共生する町なのだろうか。このような例からも疑問が生じるようなことはいくらでも出てくる。

「寄生」という言葉もある。宿主にとって悪いことをするのが「寄生」である。「共生」というのは両方にとってお互いに良いというが、よく調べてみると、片方だけが得をしているというものもあるし、片方が大部分得をしているけれども、相手はちょっと損をしているというものもあるし、相手が猛烈に損をしているというものもある。片方一方だけが利益を得る「片利共生」とか、両方が利益を得る「双利共生」という言葉もあり、片利共生の場合は、それは共生ではなく「寄生」であるとか、何かこんにゃく問答みたいになってくる。

「自然と共生した流域圏都市の再生」ワークショップ実行委員会
山海堂
¥ 3,675
(2005-02)
| 500技術・工学・工業 | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
エネルギー論(技術関連系5) 

現在、世界の一次エネルギー供給量の約9割は枯渇性エネルギーの化石燃料に依存しており、長期的には持続可能な状態にはない。したがって、人類社会が持続可能であるためには、化石燃料が枯渇する以前に、代替エネルギーを大規模に利用できるようにならなくてはならない。

しかし、その際の社会としての具体的な対応は、資源枯渇までに残された時間の長さに依存して決まるものであろう。化石燃料資源に関しては、数十年から数百年のオーダーで利用できる可能性があると考えられている。もちろんこれらの資源の残存量を決して楽観視し過ぎてはならないが、現時点では資源枯渇ヘの過度の危機感を前提とした政策や研究開発などの優先度は必ずしも高くはなくなっている。むしろ持続可能性という点で、昨今懸念が高まっていることは、化石燃料の燃焼にともなって排出されるCO2などが引き起こす環境問題の方である。

| 500技術・工学・工業 | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
システムの設計・運用・評価(設計系5)

「システム」を一言で表現することは難しい。ベルタランフィによれば「システムとは相互に作用しあう要素の集合」と定義され、このような定義は、「あまりにも一般的で漠然としており、そこから多くのものを得ることはできないようにみえる。しかしそうではない」と主張されている(長野敬・太田邦昌約)。すなわち、たとえば、アンモニアのにおいは水素と窒素の化学的性質を調べていても説明できないように、個々の要素には観察されないが、それらの相互作用によってはじめて出現する性質や現象に着目する上からとらえられたものである。

要素に細かく分解するよりも、要素間の相互作用やその結果として創造されている有機的組織体に焦点を当て、それを俯瞰的にとらえる見方を、ここでは、システム的思考とよんでおこう。システム的思考は、いろいろな分野で使われ、発展してきている。それは、生態学から工学、人類学から経営学など、複数の学問領域にまたがった学際性を特徴としている。

| 500技術・工学・工業 | 23:54 | comments(0) | trackbacks(1) | ka2ya |
技術の創造と設計

設計者が直接自分で行えることには限りがある。しかし、その「限り」を、自分の能力の限界と思ってはいけない。そう思ったら最後、諦めの気持ちが生まれ、思考停止が始まる。設計者は絶対に思考停止をしてはならない。設計者はつねに考えつづけていなくてはいけないのである。自分で直接行える「限り」以上のことは、限界どころか、むしろ自分の能力を高めてくれる大事な種になる。これは、思考演算のところで説明した「交換・逆転」の考えそのものである。そして、その種を生かすためにも、自分の中で課題設定をできるかぎり早くして、他人の行動をジッと観察する必要があるのである。

畑村 洋太郎
岩波書店
¥ 3,780
(2006-11)
| 500技術・工学・工業 | 22:24 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
設計の方法論(設計系3)

設計に対する主な制約は、産業や技術の発展の初期段階には技術的な制約と経済的な制約の2つだけであったが、その発展に伴って社会的制約・環境的制約・倫理的制約までも考えなければならなくなってきた。効率や経済性を重んじ、大量生産と大量消費をつづけてきた現代の社会は、エネルギー・資源の問題で壁に当たり、ついに環境的な問題で強い制約を受けるようになった。また生活の仕方が変わって社会的な制約を強く受けるようになった。そのため、設計にもこれらの多くのことがらが制約条件として現れる。

| 500技術・工学・工業 | 21:32 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
設計の理論(設計系2)

設計は本来、対象非依存の一般的な人間の行為であり、工学の中核をなすものである。ある工学領域において具体的な設計法を学んだ者は、その知識を利用して別の工学領域でも設計ができるように思われるが、工学領域間の壁にはばまれて、それぞれ個別のせまい領域での設計に閉じこめられているのが現実である。しかし、現代のように技術が急速に進歩し、変化している状況においては、それではもはや立ちゆかない。一般化と抽象化をおこなった設計学や、一般的な設計方法論を学ぶことによって、領域を超えた応用可能性を獲得することが必要である。

そのような手法を身につけるには、知識の構造を理解することが重要である。いったんはある工学領域で設計を学ぶにしても、いずれは、抽象化された知識の構造を理解する必要がある。そうした理解があって、異なる工学領域での設計(知識操作)が可能になる。設計の基本は領域によって異なることはない。各領域での特殊事情さえ理解すれば、設計は可能なのである。設計学を学ぶことは、新領域での設計やイノベーションを可能にするだろう。

| 500技術・工学・工業 | 01:17 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
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