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ずる

肝心なのは、どんなものあれ、不正行為をとるに足らないものと片づけるべきではないということだ。初犯はたいていの場合、初めてのことだしだれにも間違いはあるといって、大目に見られることが多い。そうかもしれないが、初めての不正行為は、その後の自分自身や自分の行動に対する見方を形成するうえで、とくに大きな意味をもつことも忘れてはならない。だからこそ、最も阻止すべきは最初の不正行為なのだ。一見無害に思われる、単発の不正行為の数を減らすことこそが重要だ。これを進めていけば、いつかより正直で腐敗の少ない社会が実現するかもしれない。

わたしたちをとり巻く社会的な力は、二つの方法で作用するように思われる。ごまかしをする人が自分と同じ社会集団に属しているとき、わたしたちはその人を自分と重ね合わせ、ごまかしが社会的により受け入れられやすくなったと感じる。だがごまかしをする人がよそ者だと、自分の不品行を正当化しにくくなり、その不道徳な人物や、その人が属するほかの(ずっと道徳性の低い)外集団から距離を置きたいという願望から距離から、かえって倫理性を高めるのだ。

より一般的には、わたしたちが自分の行動(ごまかしを含む)の許容範囲をきめるうえで、他人の存在がとても重要だということを、これらの結果は示している。わたしたちは自分と同じ社会集団のだれかが、許容範囲を逸脱した行動をとるのを見ると、それに合わせて自分の道徳的指針を微調整し、彼らの行動を模範としてとり入れるのだろう。その内集団のだれかが、権威のある人物ー親や上司、教師、その他尊敬する人ーであれば、引きずられる可能性はさらに高くなる。

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