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たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

優れた小説の創造(あるいは、美しい宝石、美味しいチョコレートの創造)と、小説が(あるいは、宝石や、クッキーの箱が)何千もの小売店の店頭で山積みになることとのあいだには、ランダムネスと不正確さの巨大な溝が横たわっている。すべての分野の成功者が、ほとんどの例外なく、ある特定の人間集団―けっして諦めない人間集団―の一員であるのはそのためだ。

ことの大小を問わず、仕事での成功、投資での成功、決断での成功など、われわれの身に起こることの多くが、技量、準備、勤勉の結果であるのと同じぐらい、ランダムな要素の結果でもある。つまり、われわれが認識している世界は、その根底をなす人間や状況の直接の表れではない。そうではなく、それは予見できない。あるいは絶え間なく変化するランダムな作用によってぼかされた像だ。能力は問題ではない、と言っているのではない。能力は成功の確立を増す要素の一つである。しかし行動と結果の結びつきは、われわれが願うほど直接的ではない。だから、過去を理解するのは容易ではないし、未来を予測するのもそうだ。どちらについても、表面的な解釈を超えて考えることが有用だ。

近年心理学者たちは、障碍に直面しながら耐える能力は、才能と同じぐらい、成功の重要な要素であることを見出している。専門家がしばしば「10年規則」を、つまり、ほとんどの分野において大いなる成功者になるには少なくとも10年の勤勉、訓練、奮闘が必要であると説くのはそのためだ。

努力と偶然は生来の才能と同じぐらい重要、とするのは、やる気を失わせるようなことに思えるかもしれない。しかし私は励みになると思う。なぜなら、遺伝的要素はわれわれにはコントロールできないことだが、努力の程度はわれわれに委ねられているからだ。また偶然の作用も、何度も試みれば成功の確率を上げられる、という程度までは、われわれにコントロールできるからだ。

| 400自然科学 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | ka2ya |
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